宇和島市における介護予防と子どもの健康増進:現状と課題

宇和島市では高齢化の進行と子どもの体力低下が一つの課題となっています。本記事では、介護予防の現状や小中学生の健康課題、医療・福祉・教育従事者への支援状況を整理し、地域や学校と連携した健康増進策の成功事例を紹介します。理学療法士・スポーツ指導者として培った知見を基に、地域の健康課題に専門的・実践的に取り組むための情報をまとめます。
宇和島市の介護予防の現状と課題
宇和島市の高齢化率は令和5年(2023年)時点で約40%に達しており、全国平均を大きく上回る超高齢社会です。75歳以上人口の割合も上昇しており、今後も高齢化の深化が見込まれています。
高齢者の要支援・要介護認定率(※65歳以上のうち要支援・要介護認定を受けている人の割合)は、平成28年度(2016年)に23.3%と県内で3番目に高い水準でしたが、近年の取組により令和3年前後には20%前後まで改善しています。
実数で見ると、令和5年の宇和島市の要支援・要介護認定者数は約5,948人と令和2年からほぼ横ばいで推移しており、認定率は21%程度と引き続き全国平均を上回る高い水準です。
高齢者の運動機能の維持向上は介護予防の鍵として重視されています。宇和島市地域包括支援センターでは、高齢者の筋力向上を目的としたご当地体操「うわじまガイヤ健康体操」を開発し、市内に普及させました。
ガイヤ体操は地域の公民館などで住民主体の体操教室として実施され、ガイヤマイレージ制度(体操の継続参加でポイントを付与し商品券と交換)によるインセンティブも導入されています。その結果、市内で約100団体・2,000人もの高齢者が体操に参加するまでに広がりました。また、市は**「生き活き教室」**と称する介護予防教室を開設し、専門職の指導のもとで週1回の運動プログラムを提供しています。この教室は、比較的元気な高齢者向けの一般教室(フィットネスクラブ等で実施)と、要支援者など運動機能に不安がある人向けの専門教室(介護事業所で実施)に分かれ、いずれも65歳以上で要介護認定を受けていない市民を対象としています。これらの取り組みにより、高齢者が楽しみながら継続的に運動できる場づくりが進められており、宇和島市の介護予防は地域ぐるみで推進されています。
一方で課題として、高齢化に伴う要介護者の増加ペースを如何に抑えるか、また運動習慣のない高齢者層へのアプローチが挙げられます。宇和島市では介護予防やフレイル予防への参加率向上が引き続き課題とされており、住民の自主的な健康づくりを支える地域包括ケア体制の強化が求められています。
小中学生の健康課題と身体活動の現状
子どもの体力低下や不健康な生活習慣も宇和島市における大きな懸念事項です。宇和島市の調査によれば、運動習慣のある小学生は約27.4%にとどまるとの報告があります。言い換えれば、7割以上の児童が日常的に十分な運動をしていない状況です。
この背景には、ゲームやスマートフォン利用の増加による座位時間の長さが指摘されています。実際、宇和島市の中学生では平日に2時間以上ゲームをする生徒が4割を超え、小学生や高校生よりも高い割合となっています。高校生になるとスマホを平日に3時間以上使う生徒が4割を超えるなど、スクリーンタイムの長さが運動不足を招いている可能性があります。
また、中学生の約5割、高校生では7割以上が睡眠不足を感じているとのデータもあり、睡眠習慣の乱れが子どもの健康に影響を与えていることが伺えます。
宇和島市の児童の肥満傾向にも注意が必要です。小児生活習慣病予防健診(小学4年生対象)では、約20%の児童に肥満・高血圧・脂質異常などの所見がみられたと報告されています。例えば、小学4年生男子の**肥満傾向児の割合は16.7%**にのぼり、全国平均(約11~12%)より高い水準だと指摘されています。こうした子どもの肥満は将来の生活習慣病リスクにつながるため、幼少期からの対策が重要です。宇和島市では朝食欠食の児童も1割程度おり、基本的な生活習慣の改善も含めた健康教育が求められています。
運動部活動や地域スポーツへの参加率も、少子化や地域差の影響で十分でない可能性があります。全国体力テストの結果を見ると、宇和島市の小学校5年生・中学校2年生の体力合計点は種目によって全国平均を上下していますが、少なくとも日常の身体活動量を増やす余地は大きいと考えられます。
子どもの頃の運動不足や不健康な生活習慣は、肥満傾向や体力低下となって現れるだけでなく、将来の健康にも影響を及ぼすため、学校と地域が連携して対策を講じる必要があります。
宇和島市でも、学校教育現場での健康づくり推進や運動機会の確保が課題として認識されています。例えば、市の健康づくり計画ではライフコース全体での健康教育の重要性が謳われており、児童生徒期の生活習慣改善や体力向上が重点施策に挙げられています。今後、地域のスポーツ資源や専門人材(理学療法士・トレーナー等)を学校と結びつけることで、子どもの運動習慣形成を支援していくことが期待されます。
医療・福祉・教育従事者への支援状況と課題
高齢化や人口減少が進む宇和島市では、地域医療や福祉を支える人材の確保が深刻な課題となっています。宇和島圏域の医療機関に対する調査では、57%の病院等が医師不足、64%が看護師不足を訴えているという結果が出ており、半数以上の医療現場で人手不足が顕在化しています。
特に、宇和島市内では開業医の高齢化が進み、後継者不足によるクリニック閉院も相次いでいます。このままでは基幹病院への患者集中による負担増や、地域全体の医療提供体制の疲弊が懸念されています。
実際に、宇和島市では産婦人科や小児科の医師が不足しており、安心して子どもを産み育てられる環境にも支障が出始めています。地域の周産期医療や小児医療を維持するためにも、専門医の確保策が急務です。
愛媛県や宇和島市は、こうした医師不足に対応するため様々な施策を講じています。例えば、愛媛県は定年退職医などベテラン医師を地域に紹介する**「愛媛プラチナドクターバンク」**を運営し、宇和島市もこの制度を活用して医師確保に努めています。また、自治医科大学や地域枠奨学金などを通じて僻地医療に従事する医師の育成・誘致を図るほか、看護師やリハビリ職などコメディカルスタッフの奨学金支援・復職支援も行われています(愛媛県医師会・県行政の事業)。
しかしながら、現場からは「有効な方策がなく、人員不足に対する抜本的な解決策が見いだせない」という声もあり、国や県レベルの支援拡充と併せて地域独自の取り組みが求められています。
介護・福祉分野の人材不足も深刻です。宇和島市社会福祉協議会は基本方針で「福祉に携わる人材不足が顕著になりつつある」と指摘しており、高齢者を支える介護職員や生活支援員の確保・育成が大きな課題です。県全体でも2025年前後に介護人材の需要が供給を上回る見通しが示されており、介護需要の増加と生産年齢人口の減少により介護人材不足は今後さらに深刻化すると予測されています。現場では、待遇改善や資格取得支援、潜在有資格者の復職促進、外国人材の活用など、多角的なアプローチで人材確保に努めていますが、抜本策には至っていません。宇和島市でも地域の介護事業者や社協、行政が連携し、福祉人材の定着やキャリアアップ支援に取り組むことが重要です。
教育現場における人材課題も無視できません。全国的に教員志願者の減少が問題化する中、愛媛県でも教員採用試験の倍率低下が著しく、2023年度には応募倍率「2.1倍」と過去最低を記録しました(10年前は9.6倍)。
この「なり手不足」に対応するため、県教育委員会は県外での試験実施や推薦枠拡大、潜在的有資格者(ペーパーティーチャー)向けの復職研修の開催など新たな施策を打ち出しています。さらに愛媛県内では、高校生の段階から将来の教員志望者を育成する試みとして、県内初の高校での教員養成講座が開設されるなど、人材裾野の拡大に動き始めています。こうした取り組みは宇和島市の教育現場にも波及し、将来の教師・保育士の確保につながることが期待されます。
また、ICTを活用した支援策として、愛媛県は離島・山間部の学校で不足しがちな専門教科の教員を補うため、オンラインで都市部から授業を提供する遠隔教育にも着手しました。県立高校5校で、離島や過疎地域の生徒がライブ配信の授業を受けて単位認定を受けられる仕組みを導入しており、専門教員不足の緩和と生徒の学習機会確保に役立てています。宇和島市でも離島部(本市には戸島など有人離島があります)や山間地域の教育環境整備に、このような遠隔教育・ICTの活用が有効と考えられます。
総じて、医療・福祉・教育の現場を支える人材への支援は、宇和島市の地域力維持に不可欠です。今後、財政的な支援(奨学金・補助金)、働きやすい職場環境の整備(待遇改善・ワークライフバランス推進)、地域住民による支え合い(ボランティアや地域サポーターの育成)など、多面的な対策を講じる必要があります。
地域や学校と連携した健康増進の成功事例【国内外】
宇和島市が直面する課題を乗り越えるためには、他地域の成功事例から学ぶことも有益です。国内外には、地域ぐるみ・学校ぐるみで健康長寿や子どもの健康づくりに成果を上げた取り組みが数多く存在します。主な成功事例をいくつか紹介します。
- 長野県の「減塩運動」と健康長寿: かつて脳卒中死亡率が全国最悪レベルだった長野県は、1960年代から「減塩県民運動」を徹底し、「味噌汁は1日1杯」「麺類の汁は半分残す」等の分かりやすいスローガンで食塩摂取の削減を推進しました。さらに県内各地でボランティアが住民主体の健康教室や保健指導に奔走し、地域ぐるみで生活習慣改善に取り組んだ結果、平均寿命の大幅な延伸に成功しました。現在では長野県は男女とも平均寿命日本一の長寿県となっており、住民参加型の地域保健活動が健康長寿の原動力になった好例といえます。
- 「ブルーゾーン」に学ぶ健康長寿の要因: ブルーゾーン (Blue Zones) とは、世界的に見て健康で長寿な人が多い地域を指す概念で、イタリア・サルデーニャ島、日本・沖縄県、米国カリフォルニア州ロマリンダ、コスタリカ・ニコヤ半島、ギリシャ・イカリア島の5カ所が著名です。これらの地域に共通するのは、地域コミュニティの強いつながり、野菜や豆類中心の伝統的食生活、日常的な身体活動(農作業や歩行移動など)、そして高齢者が役割を持ち生きがいを感じて暮らせる社会環境です。
宇和島市でも、地域住民の社交や生きがいづくり(例えば高齢者サロンや世代間交流活動の推進)、郷土食を活かした栄養改善など、ブルーゾーンの要素を取り入れることで健康長寿のまちづくりに活用できると考えられます。実際、宇和島市は第二期総合戦略で「ブルーゾーンうわじま」の実現を掲げており、京都大学や市立病院と連携したデータ分析による個別健康アプローチなど先進的なヘルスケア事業にも乗り出しています。 - イギリス発「デイリー・マイル」プロジェクト: 子どもの肥満防止と体力向上の成功例として有名なのが、スコットランドの小学校で始まった**「The Daily Mile」です。これは毎日15分間、授業の合間に児童が屋外を走る(約1マイル=1.6km)活動で、現在は英国をはじめ世界各国の12,000校以上に広がっています。研究によると、デイリー・マイルを導入した学校の児童は、導入していない学校の児童に比べて中等度~高強度の身体活動(MVPA)の時間が1日あたり9分多く、座位時間が18分短縮**し、シャトルラン体力テストの記録向上や皮下脂肪厚の減少(肥満度の改善)が有意に認められました。実際、デイリー・マイル実施校の子どもたちは皮下脂肪厚が平均4%減少し、体が引き締まる効果が確認されています。イギリスでは子どもの約30%が肥満または過体重という状況下で、このシンプルな取り組みが子どもの体力・体形にポジティブな変化をもたらしたことは注目に値します。日本でも一部の自治体や学校でデイリー・マイルにならった運動プログラムが試行されており、宇和島市においても子どもの運動習慣づくりの参考になると思います。
- 地域ぐるみ・世代間交流の取り組み: 国内では他にも、地域住民が主体的に参加する健康づくりの施策が成果を上げています。例えば、静岡県焼津市の「健康ポイント事業」では、ウォーキングなど健康活動に参加するとポイントが貯まり特典と交換できる仕組みを導入し、住民の歩行数増加と介護予防に効果を上げました。また、世代間交流を通じた介護予防の例として、各地の小学校で高齢者と児童が一緒に体操や遊びを行うプログラムは、お年寄りの生きがいづくりと子どもの思いやり育成を同時に促進する好事例です(例:東京都荒川区「ふれあい交流サロン」事業等)。海外でも、米国シアトルの高齢者施設に併設した保育園では、高齢者の抑うつ指標改善と子どもの情緒発達に良い影響が報告されており、世代間の交流が双方の健康に資することが示唆されています。
これらの事例に共通するのは、専門職だけでなく地域住民や教育現場を巻き込んだ包括的アプローチであることです。住民主体の活動、行政の支援、専門家の知見提供が合わさることで、大きな健康成果につながっています。宇和島市でも、「ガイヤ体操+ポイント制度」のようにインセンティブで継続を促したり、学校と地域で協働して子どもの運動習慣を変えていくような政策展開を図ることで、類似の成功を収めることが期待されます。
専門性を活かした政策提案に向けて
宇和島市の現状と課題、そして各地の成功事例を踏まえると、今後取り組むべき方向性が見えてきます。理学療法士・スポーツ指導者としての専門性を活かし、以下のような政策提案が考えられます。
- 介護予防のさらなる充実: ガイヤ体操や生き活き教室の参加者を増やすため、プログラムの魅力向上や広報強化、送迎支援などを行います。地域包括支援センターと連携し、高齢者の運動機能測定会やフレイルチェックを定期開催して、効果を“見える化”し参加意欲を高める施策も有効と考えています。地域の体育施設や空き教室を活用し、高齢者が気軽に集える「通いの場」を増設することも検討できます。
- 子どもの健康増進と体力向上: 学校教育と地域スポーツを結びつけ、子どもたちに日常的な運動習慣を提供します。例えば、毎朝のかけ足や体操(宇和島版デイリー・マイル)の実施、放課後や週末に地域のスポーツ指導者による体力づくり教室の開講などです。市のスポーツ推進課や教育委員会と協力し、運動が苦手な子も楽しめる多様なプログラムを用意します。また、栄養士や保健師と連携して食育や睡眠の啓発も行い、家庭ぐるみで生活習慣を見直す支援を強化します。
近年、遊具が撤去されている現場をみると、悲しい気持ちになります。私は人間は失敗から学ぶことが重要と考えています。障害の残る大きな怪我になる事は避けることが大切ですが、そういった事例をしっかり紹介し、運動機能を高めるためにも昔遊びの推奨は大切だと考えています。 - 医療・福祉・教育人材への支援拡充: 地域医療を守るため、市独自の奨学金や返済免除制度を創設し、宇和島市出身の医療職志望者が将来地元に戻って働きやすい環境を作ります。既存の県のプラチナドクターバンク事業とも連携し、UIターン人材の積極誘致や、週末だけ都市から来てもらう非常勤医師への支援(交通費補助等)も検討します。介護職員については処遇改善加算の活用促進や、資格取得支援研修の無料化など、働き続けやすい職場づくりを支援します。教育分野では、離島・山間部の学校への教員加配要望や、若手教員のメンター制度充実、教師志望の学生に対するインターン受け入れ拡大など、人材確保と育成に向けた現場支援を強めます。
- 多職種・多世代が協働する地域づくり: 健康づくりは医療・福祉・教育の垣根を越えて取り組むことで相乗効果が生まれます。例えば、「世代間交流健康プロジェクト」を立ち上げ、学校で高齢者が児童生徒に昔遊びや体操を教える活動を推進すれば、高齢者の介護予防と子どもの体力向上が同時に図れます。実際に世代交流は高齢者の抑うつ防止や子どもの社会性向上に効果があるとの報告もあります。宇和島市でも、地域包括支援センターや社会福祉協議会、学校、NPO等が連携する場を定期的に設け、情報共有と協働を進めることで「支え手」同士がお互いを支援し合う体制を築きます。
宇和島市は美しい自然と豊かな食文化を有し、「健康長寿のまち」へのポテンシャルを秘めていいると思っています。しかしデータが示すように、現状では高齢者の健康指標や子どもの体力面で課題が山積しています。こうした課題解決には、単一の施策だけでなく地域全体を巻き込んだ包括的アプローチが必要です。理学療法士・スポーツ指導者として培った専門知識と現場経験を政策に反映し、科学的根拠に基づいた介護予防プログラムや子どもの運動施策を提案することで、宇和島市の未来を担う人々の健康寿命を延ばし、活力ある地域社会の実現に貢献したいと考えます。そのためにも、市民一人ひとりが自らの健康づくりに参加し、「誰もが生涯元気で暮らせる宇和島」を目指して行政と地域が一丸となって取り組むことが重要です。その第一歩として、本記事で整理した現状とエビデンスを活かし、実効性のある政策提言へとつなげていきます。