日本文化と日本人の自己イメージ:江戸文化が近世に与えた影響
田中優子編『日本人は日本をどうみてきたか——江戸から見る自意識の変遷』を読みながら、日本文化とは何か、日本人は自分たちをどのように見てきたのか、ということを考えさせられました。
この本では、江戸時代を中心に、日本人が「日本」や「日本人」をどのように語ってきたのかが論じられています。特に重要だと感じたのは、中国由来の華夷秩序の影響、蝦夷・琉球・異国といった外部へのまなざし、そして日本内部にあった「和」「武」「神国」という複数の自己イメージです¹。
私はこの本を通して、江戸文化は単なる娯楽や伝統文化ではなく、現代の日本人が持っている「日本らしさ」の感覚にもつながっているのではないかと感じました。
戦国時代を経て、大衆文化が栄えた
江戸時代は、戦国時代のような大きな合戦が少なくなり、比較的安定した社会が続いた時代でした。その中で、出版、浮世絵、歌舞伎、浄瑠璃、読本などの大衆文化が発展していきました。
国立国会図書館の解説でも、江戸後期の化政文化では印刷・出版が盛んになり、本が各地の庶民にも親しまれるようになったことが紹介されています²。つまり、知識や物語が一部の権力者だけのものではなく、町人や庶民にも広がっていった時代だったといえそうです。
その中で興味深いのが、戦国武将や合戦の物語が人気を集めたことです。たとえば『絵本太閤記』は、豊臣秀吉の生涯を描いた江戸後期の絵入り小説で、1797年に初篇が刊行され、1802年には第七篇まで刊行されました³。さらに、その挿絵は浮世絵師たちにとっても魅力的な題材となり、秀吉や加藤清正などの武将像が視覚的に広がっていきました³。
ここで面白いのは、江戸時代の人々は実際には大きな戦争の少ない時代に生きながら、物語の中では「武の国」としての日本を楽しんでいた、という点です。
戦国時代を経験した社会が、江戸時代に入って安定し、その後に戦国の記憶を物語として消費していく。この流れは、日本人の中に「武士」「武勇」「忠義」「戦国武将」への憧れを残していったのかもしれません。
華夷思想が差別に与えた影響
この本を読んでいて、最も考えさせられたのが華夷思想です。
華夷思想とは、もともと中国を文明の中心である「華」とし、その周辺にいる異民族を「夷」として見る考え方です⁴。日本は中国から見れば「東夷」とされる側でした。しかし、日本の中では、その考え方を取り込み、日本を中心に置き、蝦夷・琉球・異国などを外側に位置づける見方が形成されていきました¹。
夷=野蛮人とされた人々。ただし、それは差別的な視線による呼び方。
ここには、現代にもつながる大きな問題があると思います。
人は、自分たちを「中心」や「正しい側」に置くとき、その外側にいる人々を「遅れている」「劣っている」「異質である」と見てしまうことがあります。華夷思想は、単なる昔の世界観ではなく、人間が他者を序列化してしまう危うさを示しているように感じました。
もちろん、華夷思想だけが差別の原因だったと単純に言うことはできません。しかし、自分たちを「華」とし、他者を「夷」とする発想は、蝦夷、琉球、朝鮮、異国に対するまなざしに影響を与えた可能性があります¹。
この視点から見ると、差別とは単に個人の偏見だけではなく、文化や歴史の中で作られてきた「見方の型」でもあるのだと思います。
「和」「武」「神国」のイメージがなぜ根付いていたのか
この本では、日本人の自己イメージとして「和」「武」「神国」という複数のイメージが取り上げられています¹。
私は、この3つが同時に存在していたことがとても興味深いと感じました。
まず「和の国」というイメージがあります。これは、やわらかさ、調和、情緒、人と人との関係性を大切にする日本像とつながっているように思います。現代でも「日本人は和を大切にする」と言われることがありますが、そのような自己イメージは、かなり長い時間をかけて作られてきたものなのかもしれません。
一方で、日本には「武の国」というイメージもあります。戦国武将、武士道、忠義、合戦、武勇伝などは、江戸時代の大衆文化の中でも繰り返し語られました。『絵本太閤記』のような作品が人気を得たことも、平和な江戸社会の中で、人々が「武の日本」を物語として楽しんでいたことを示しているように感じます³。
さらに「神国」というイメージもあります。これは、日本を神々に守られた特別な国として見る考え方です。このような自己イメージは、近代以降のナショナリズムとも結びつきやすい危うさを持っていたのではないかと思います¹。
つまり、日本人の自己イメージは一つではありませんでした。
やわらかく調和を重んじる「和の国」。
武士や戦国武将に象徴される「武の国」。
神に守られた特別な国としての「神国」。
この3つは一見すると矛盾しているように見えます。しかし、実際には江戸文化の中で重なり合いながら、日本人の中に根付いていったのではないでしょうか。
江戸文化は、現代の日本人の感覚にもつながっている
この本を読んで感じたのは、江戸文化は「昔の文化」として切り離して考えるものではない、ということです。
浮世絵や歌舞伎、読本、浄瑠璃といった大衆文化は、人々に楽しみを与えるだけでなく、「日本とは何か」「日本人とは何か」という自己イメージを作る役割も持っていたのだと思います。
そして、その自己イメージは、現代にも形を変えて残っているように感じます。
たとえば、私たちは今でも「日本人らしさ」という言葉を使います。
「和を大切にする」
「礼儀正しい」
「武士道精神」
「日本は特別な文化を持っている」
こうした言葉には、良い面もあります。しかし同時に、それが他者を見下したり、異質なものを排除したりする方向に向かうと、とても危ういものになります。
だからこそ、歴史を学ぶ意味があるのだと思います。
自分たちの文化を大切にすることと、他者を下に見ることは違います。
日本文化を誇ることと、日本だけを特別視することも違います。
その違いを考えるうえで、この本はとても大切な視点を与えてくれました。
この本を読んで考えたこと
『日本人は日本をどうみてきたか』を読んで、私は「日本らしさ」は自然に存在していたものではなく、歴史の中で少しずつ作られてきたものなのだと感じました。
戦国時代を経て、江戸時代に大衆文化が栄えたこと。
華夷思想が、外部の人々を見るまなざしに影響を与えたこと。
「和」「武」「神国」という複数の日本像が共存していたこと。
これらを知ることで、現代の私たちが何気なく使っている「日本らしさ」という言葉も、もう少し慎重に考える必要があるのではないかと思いました。
日本文化を学ぶことは、日本を美化することではありません。
また、日本を否定することでもありません。
むしろ、自分たちの文化がどのように作られ、どのような危うさを持ってきたのかを知ることだと思います。
その意味で、この本は日本文化を考えるうえで、とても刺激的な一冊でした。

参考文献・引用文献
- 田中優子, 編. 日本人は日本をどうみてきたか——江戸から見る自意識の変遷. 笠間書院; 2015.
- 国立国会図書館. 琳派が生み、本が伝えたかたち. NDLギャラリー.
- 日本浮世絵博物館. 『絵本太閤記』の世界.
- コトバンク. 華夷思想.
- 版元ドットコム. 日本人は日本をどうみてきたか 田中優子(編) – 笠間書院.

