社会人としての学び
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石の文化ではなく、木の文化——ある動画で聞いた「時間の軸」という話

谷本一真
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はじめに——「賛否を求めない話」に惹かれて

先日、一本の動画を見ました。「なぜ、天皇は必然なのか。」というタイトルです¹。

正直に言うと、タイトルだけを見たときは少し身構えました。こういうテーマは、たいてい「賛成か反対か」の話になりがちだからです。ところが動画は、冒頭でこう断ります。政治の話をするつもりはない、賛成せよとも反対せよとも言わない、ただ一人の人間がその考えに至った筋道をお見せしたいだけだ、と。

そして最後も、信じよとは言わない、この筋道をどう受け取るかは聞いた一人一人の自由だ、という言葉で締めくくられます。

私が一番よかったと感じたのは、この「始まり方」と「終わり方」でした。結論を預けてくれる語り口だったからこそ、途中の話を落ち着いて聞くことができたように思います。

以下は、動画の論旨を私なりに整理したものです。言い回しは私の要約であり、原文どおりではありません。

話は天皇からではなく、文化から始まる

動画がまず問いかけるのは、「日本文化と聞いて何を思い浮かべますか」ということでした。和歌、庭園、着物、料理の器、挨拶の作法。どれも文化です。しかし文化とは、そうした美しいものの寄せ集めではない、と語られます。

一首の歌にも、一つの器にも、同じ一つの心の働きが通っている。ものの哀れを感じ、移ろいに趣を見出し、欠けたところに豊かさを見る——その目に見えない「感じ方の形」こそが文化の正体だ、という捉え方です。

例として挙げられていたのが、桜でした。日本人は満開の桜より、散る桜に心を奪われる。美しさそのものではなく、滅びていく美しさに胸を打たれる。誰に教わったわけでもなく、法律で決められたわけでもないのに、この感じ方は千年前の歌人から今日の私たちまで受け継がれている——。

ここで動画は、一つの疑問を立てます。言葉も、住まいも、衣服も、千年前とはまるで違う。形はすっかり入れ替わっているのに、なぜ「同じ文化の中にいる」と言えるのか。

一.石の文化ではなく、木の文化

その答えとして示されるのが、伊勢神宮の式年遷宮です。

伊勢神宮では二十年ごとに社殿をそっくり同じ形で建て替え、古い方を解体します。制度は天武天皇の御代に定められ、持統天皇4年(690年)に第1回が行われたと伝えられます²。2013年(平成25年)の第62回まで、およそ1300年にわたって繰り返されてきました²³。次回の第63回は2033年に予定されています。

西洋の建築観から見れば、今そこに立っている社殿は「築二十年の複製」に見えるかもしれない。本物はとうに失われた、と。ところが日本人は誰一人そうは思わない。新しい木に、そっくり命が移る。形は滅びても、同じものが続いていく——。

そして動画はこう表現します。日本の文化は石の文化ではなく、木の文化である。形を永久に残すのではなく、形は朽ちるに任せて、命だけを次の形へ映し続ける。つまり日本文化とは物の芸術ではなく、「時間の芸術」なのだ、と。

私はこの言い方が、いちばん面白いと感じました。

石造建築は「そのもの」を残すことで永続を証明します。木造は、そのやり方ができません。だから代わりに「同じことを繰り返す仕組み」のほうを残した。実際、伊勢神宮では1923年に森林経営計画を立て、1925〜26年頃から御用材となるヒノキの植林を続けており、その本格的な利用は2130年頃、さらに2400年頃を見据えた計画になっているとされます³。二百年、四百年先を前提に木を植える。これはもう、建物というより時間そのものを設計している営みに見えます。

理学療法という仕事をしていると、人の身体も似たところがあるとつい思ってしまいます。細胞は入れ替わり続けるのに、その人らしい姿勢や動きの癖は続いていく。形ではなく、形の作り方が受け継がれている。動画の言う「感じ方の形」というのは、そういうことなのかもしれません。

二.万葉集——帝から民まで、同じ調べで

もう一つ印象に残ったのが、和歌の話でした。

動画では、歴代の天皇が歌を詠み続けてきたこと、そして帝の詠む歌と名もない庶民の詠む歌が、同じ調べの上に並んでいることが挙げられます。天皇とは命令の頂点ではなく、美の系譜の原点なのだ、という説明です。

これは事実として裏づけがあります。現存最古の和歌集である『万葉集』は全20巻・約4500首を収め、天皇・皇后から庶民まで、あらゆる身分の人の歌が収録されています⁴。防人の歌や東国の民謡(東歌)も含まれ、作者不詳の歌が2100首以上あるとされます。

権力の階層とは別の軸で、歌が並んでいる。この構造そのものが、たしかに独特だと感じます。

三.「何も持たない中心」という逆説

動画の論理で最も鮮やかだったのは、ここでした。

時間を貫く軸には、なぜ権力や富が向かないのか。力で立った中心は、より大きな力に倒される。富も移ろい、栄えた家は傾く。争いの的になるものは、時間の軸にはなれない——。

では何が軸になりうるのか。動画の答えは「何も持たない存在」でした。倒す値打ちがあるから倒される。倒す理由が誰にもないものは、残る。そして天皇が絶やさずに続けてきたのは、命じることではなく、歌を詠むことと、民の幸を祈ることだった、と語られます。

役に立たず、儲からず、何も主張しない。だからこそ軸になる——この逆説の立て方は、確かに聞いたことのない筋道でした。

四.過去ではなく、未来のための軸

動画は、これを懐古の話ではないと明言します。

千年の軸は後ろだけでなく前にも伸びている。これから生まれてくる人が万葉の歌人と同じ一本の糸の上に立てるように、百年先の子どもらが散る桜を見て千年前の人と同じ心で胸を打たれるように——時間の軸を守るとは、過去を懐かしむことではなく、未来へ文化を手渡すことだ、と。

この部分は、地域の祭りや芸能の担い手不足を耳にする身としては、素直に響くものがありました。

事実として押さえておきたいこと

とはいえ、動画自身が「決めるのは聞き手」と言っている以上、判断材料は多いほうがよいと思います。私が調べた範囲で、補っておきたい点をいくつか挙げます。

一つめ。式年遷宮は「一度も途切れなかった」わけではありません。戦国時代には120年以上の中断があったことが記録されています²³。幕府の弱体化で費用が捻出できなくなり、後に織田信長らの援助を受けて復興したと伝えられます。ただ、これは動画の主張を壊す事実ではなく、むしろ補強するようにも思えます。放っておいて続いたのではなく、途絶えかけるたびに誰かが意志をもって再開させてきた——「続く」とは、そういう人の手の積み重ねなのかもしれません。

二つめ。「天皇は権力を持たなかった」という説明は、時代による幅を単純化している面があります。律令国家期や建武の新政、また明治憲法下の位置づけなどは、それぞれ性格が異なります。皇統の歴史も、南北朝の分裂などを含み、比喩どおりの「一本の糸」とは言い切れない部分があります。

三つめ。「文化の連続性を天皇という一点で説明する」のは、あくまで一つの解釈です。歴史学や文化人類学には、言語、村落共同体、仏教、家制度など、別の説明の立て方もあります。動画の筋道は、文学者・三島由紀夫の『文化防衛論』とも重なる系譜にあり⁵⁶、実証的な歴史研究というより、思想・美学の系統に属するものと捉えるのが妥当ではないかと思います。

四つめ。散る桜への美意識も、実は不変ではありません。万葉のますらをぶりから、古今・新古今の繊細な美意識へ、和歌の趣味自体が時代とともに移り変わってきました。「千年変わらない感受性」というより、「変わりながら受け継がれてきた感受性」と言ったほうが正確かもしれません。

それでも、心に残ったこと

こうした留保を置いたうえでも、学べる点は確かにあると感じています。

一つは、「木の文化」という捉え方です。守るとは、そのまま凍結して保存することではなく、繰り返し作り直せる仕組みごと受け渡すことだ——この見方は、宇和島の祭りや芸能、あるいは地域の小さな習慣を考えるときにも、そのまま使える補助線になりそうです。建物を残すのか、建て方を残すのか。担い手を探すのか、担い手が育つ仕組みを残すのか。問いの立て方が少し変わります。

もう一つは、「値打ちを付けられないものが一つ動かずに立っている」ことの意味です。すべてが役に立つか儲かるかで測られる時代に、測れないものを一つ手放さずに持っておく。それを錨(いかり)に喩えていたのは、うまい言い方だと思いました。

まとめ——「そこから先は自由」という結び

私はこの動画の結論に全面的に賛成しているわけでも、反対しているわけでもありません。おそらく、そう受け取ることを動画自身が求めていないのだろうと思います。

信じよとは言わない、この筋道をどう受け取るかはあなたの自由だ——賛否の分かれるテーマを扱いながら、最後に解釈を聞き手に返す。この姿勢そのものが、いちばん誠実だと感じました。私自身、この記事を読んでくださった方に、同じように結論を預けたいと思います。

もし気になった方は、ぜひ動画そのものを見て、ご自身で受け取ってみてください。

参考文献・参考資料

  1. YouTube.なぜ、天皇は必然なのか。|三島由紀夫|天皇論|日本の文化|.
    https://www.youtube.com/watch?v=USK7524-l5k
  2. 伊勢神宮.式年遷宮の歴史.
    https://www.isejingu.or.jp/sengu/senguhistory.html
  3. 国土交通省.(2014)コラム 式年遷宮に見る技術継承と技術者確保(平成25年度国土交通白書).
    https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h25/hakusho/h26/html/n1233c20.html
  4. 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ.京都大学所蔵資料でたどる文学史年表:万葉集.
    https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00008713/explanation/manyo
  5. 三島由紀夫(2006)『文化防衛論』筑摩書房(ちくま文庫)※初出:『中央公論』1968年7月号
  6. 筑摩書房.(2006)『文化防衛論』三島由紀夫(ちくま文庫)書誌情報.
    https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480422835/

ABOUT ME
谷本一真
谷本一真
理学療法士、呼吸療法認定士、心臓リハビリテーション指導士、PRP-Japan、JFA-B級
PRI(Postural Restoration Institute)コンセプトを基に、障害予防やパフォーマンス向上を目的としたコンディショニング指導を行っています。また、小学生を中心にサッカー指導者としても活動し、子どもたちの心身の成長をサポートさせていただいています。 運動や生活習慣の改善を通じて、健康づくりのサポートに情熱を注いでいます。
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