乳酸は「疲労物質」ではない?運動とミトコンドリアをつなぐ乳酸の役割
運動で息が上がったときに増える乳酸には、「疲れの原因」「体内にたまる老廃物」という印象があるかもしれません。しかし、橋本健志氏の総説は、乳酸を糖代謝が活発になった結果として生じ、別の細胞で利用される燃料であり、運動への適応を伝えるシグナルにもなり得る物質として整理しています¹。
この記事では、総説「運動によるミトコンドリア活性化:乳酸の役割」の要点と、2015年の掲載後に示された知見も踏まえ、どこまで分かっているのかを紹介します。
主な著者:橋本健志氏(立命館大学スポーツ健康科学部/スポーツ健康科学研究科・掲載当時)¹
1. この文献の概要
| 文献名 | 運動によるミトコンドリア活性化:乳酸の役割 |
|---|---|
| 掲載誌 | アンチ・エイジング医学 2015年、11巻3号 |
| 文献の種類 | 特集内の総説(既存研究をまとめた解説) |
| 主なテーマ | 乳酸の産生と利用、乳酸シャトル、ミトコンドリア新生、高強度運動 |
文献の中心的なメッセージ
乳酸は単に捨てられる老廃物ではなく、①エネルギー源、②細胞や組織の間を移動する代謝物、③運動適応を促すシグナルとして働く可能性がある、という点です¹。
2. 乳酸は「使い道のある代謝物」
乳酸は、筋肉が糖を分解してエネルギーを取り出す過程で生じます。酸素が完全になくなったときだけ作られるわけではなく、安静時や酸素を十分に利用できる状況でも常に産生されています¹⁴。
産生された乳酸の一部は血液中へ運ばれ、酸化能力の高い筋線維や心臓などに取り込まれます。そこで乳酸由来の炭素は最終的に酸化され、エネルギー産生に利用されます。このように、ある場所で作られた乳酸を別の場所で利用する仕組みは「乳酸シャトル」と呼ばれます¹⁴。
したがって、血中乳酸濃度が上がることは、乳酸がただ蓄積しているというより、産生する速さが利用・除去する速さを上回った状態と捉える方が適切です¹。

3. 乳酸はミトコンドリアを増やすシグナルになるのか
この総説が注目しているのが、乳酸の「シグナル」としての働きです。橋本氏らはラット由来の骨格筋培養細胞に乳酸を加えた実験で、ミトコンドリア新生を調節するPGC-1αや、乳酸輸送に関わるMCT1などの遺伝子・タンパク質の発現が高まることを報告しています²。
また、16人の活動的な若年男性を対象とした2週間の研究では、「30秒間の全力自転車運動を4〜6回、各運動の間に4分休む方法」と、「最大酸素摂取量の約65%で90〜120分間こぐ方法」のいずれでも、骨格筋の酸化能力に関わる適応が確認されました³。
これらの結果から、高強度運動で増える乳酸が、ミトコンドリアに関わる適応の一部を仲介している可能性が考えられます¹²。ただし、人を対象とした研究は「高強度運動と持久性運動の効果」を比較したものであり、乳酸だけが変化の原因であることを直接証明した研究ではありません³。

酸化能力とは、筋肉が酸素を使い、糖や脂肪から持続的にエネルギーを作る力です。高いほど長く運動しやすくなります。
4. 「乳酸値が高い=疲労が強い」とは限らない
総説では、サッカーの試合後半は前半より血中乳酸濃度が低くなる傾向がある一方、一般には後半の方が疲労は蓄積しているという例が示されています¹。乳酸濃度と疲労感が常に同じ方向へ変化するわけではないことが分かります。
また、乳酸性作業閾値を超えるような強度でも、身体が酸素を使わなくなるわけではありません。運動強度が上がるほど、解糖系によるエネルギー供給と同時に、ミトコンドリアでの酸化も活発になります¹。乳酸の増加を「有酸素運動から無酸素運動へ完全に切り替わった合図」とみなすのは、単純化しすぎた理解といえます。
そのため、「乳酸は疲労物質ではない」と言い切って終えるよりも、乳酸だけで疲労や筋肉痛を説明することはできないと捉える方が正確です。少なくとも、血中乳酸濃度をそのまま疲労度と読み替えることはできません¹。
5. 運動指導にどう生かすか
ここからは文献を踏まえた実践上の考察です。
運動では、乳酸を出すこと自体を目的にする必要はありません。大切なのは、体力や目的に応じて、持続的な有酸素運動、筋力トレーニング、短い高強度運動などを適切に組み合わせることです。
高強度の運動は、短時間でも筋肉の酸化能力を高める刺激になり得ます³。一方、この文献で紹介された「30秒間の全力運動」は非常に負荷が高く、運動初心者、高齢者、心血管疾患や代謝疾患のある方へ、そのまま用いる運動ではありません。速歩と通常歩行を交互に行う、固定式自転車で短時間だけ負荷を上げるなど、現在の状態に合わせた調整が必要です。
6. この文献を読むうえでの注意点
この文献は、乳酸に対する従来の見方を整理し直すうえで価値のある総説です。ただし、システマティックレビューではなく、紹介されている重要な分子メカニズムの一部は培養細胞の研究に基づいています¹²。
また、乳酸がミトコンドリア内へ直接取り込まれて酸化されるのか、細胞質でピルビン酸へ変換された後に利用されるのかについては、その後の総説でも複数のモデルが検討されており、細胞内の詳しい経路には議論が残っています⁵。
現在も広く支持されているのは、乳酸が単なる老廃物ではなく、エネルギー基質や糖新生の材料、代謝シグナルとして重要だという大きな枠組みです⁴。一方で、運動によるミトコンドリア適応のうち、乳酸がどの程度を直接担っているかは、今後も検証が必要です。
7. まとめ
- 乳酸は、糖代謝が活発になった結果として生じる代謝物です。
- 産生された乳酸は別の筋線維や臓器へ運ばれ、エネルギー源として利用されます。
- 乳酸は、ミトコンドリア新生に関わるシグナルとして働く可能性があります。
- 血中乳酸濃度の高さだけで、疲労の程度を判断することはできません。
- 高強度運動の効果と、乳酸そのものの因果的な効果は分けて考える必要があります。
乳酸を「悪いもの」として避けるのではなく、運動中のエネルギー代謝を支える重要な物質として理解すると、高強度運動や持久性運動の意味をより立体的に捉えられると考えます。
参考文献・参考資料
- 橋本健志.(2015)運動によるミトコンドリア活性化:乳酸の役割. アンチ・エイジング医学. 11(3):42-50(通巻362-370).
- Hashimoto T, Hussien R, Oommen S, Gohil K, Brooks GA.(2007)Lactate sensitive transcription factor network in L6 cells: activation of MCT1 and mitochondrial biogenesis. FASEB J. 21(10):2602-2612. doi:10.1096/fj.07-8174com.
- Gibala MJ, Little JP, van Essen M, Wilkin GP, Burgomaster KA, Safdar A, et al.(2006)Short-term sprint interval versus traditional endurance training: similar initial adaptations in human skeletal muscle and exercise performance. J Physiol. 575(Pt 3):901-911. doi:10.1113/jphysiol.2006.112094.
- Brooks GA.(2020)Lactate as a fulcrum of metabolism. Redox Biol. 35:101454. doi:10.1016/j.redox.2020.101454.
- Glancy B, Kane DA, Kavazis AN, Goodwin ML, Willis WT, Gladden LB.(2021)Mitochondrial lactate metabolism: history and implications for exercise and disease. J Physiol. 599(3):863-888. doi:10.1113/JP278930.

