731部隊とは何だったのか|人体実験・異種輸血・東京裁判で裁かれなかった理由を整理する

谷本一真
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主な参考論文:キショール・ジョンソン(University of Toronto, Canada).(2022)“A Scientific Method to the Madness of Unit 731’s Human Experimentation and Biological Warfare Program.” Journal of the History of Medicine and Allied Sciences, 77(1), 24–47.

この記事では、旧日本軍の731部隊について、「731部隊とは何か」「第二次世界大戦でどのような役割を担っていたのか」「人体実験や異種輸血はあったのか」「なぜ東京裁判で大きく裁かれなかったのか」を、できるだけ一次資料・公的資料・査読論文に基づいて整理します。

1. 731部隊とは

731部隊とは、旧日本軍の「関東軍防疫給水部」と関係する部隊として知られています。アジア歴史資料センターでは、731部隊の同義語として「七三一部隊」「石井部隊」「加茂部隊」「関東軍防疫給水部」「関東軍防疫部」が示されています¹。

また、2012年の衆議院答弁では、「いわゆる七三一部隊が旧日本軍の関東軍防疫給水部のことであること」は、防衛研究所戦史研究センター史料室が保管する旧日本軍関連資料から明らかだとされています²。

つまり、731部隊は単なる都市伝説や噂ではなく、旧日本軍の組織として存在が確認されている部隊です。ただし、日本政府は同じ答弁の中で、関東軍防疫給水部における病原細菌の研究・製造業務などの具体的内容については、外務省・防衛省等の文書では確認されていないとして、活動内容の認定には慎重な立場を取っています²。

整理する視点現時点で確認しやすいこと慎重に扱うべきこと
部隊の存在731部隊=関東軍防疫給水部であることは公的資料で確認されている¹²具体的活動の全容は国内公文書だけでは未解明部分がある²
人員規模留守名簿上の総数は3,560人とされる²実際の任務分担や個々人の関与度は別途検証が必要
研究内容防疫・給水・細菌戦との関連語が公的データベースに示される¹人体実験や細菌戦の詳細は複数資料の照合が必要

731部隊を考えるときに大切なのは、「存在は確認されていること」と「活動内容の全容には、今も検証が必要な部分があること」を分けて理解することだと思います。

2. 第二次世界大戦でどのような役割を担っていたか

731部隊の表向きの役割は、「防疫」と「給水」でした。戦争中、軍隊にとって感染症の予防、安全な水の確保、衛生管理は極めて重要です。したがって、防疫給水部という名称だけを見ると、軍の衛生部門のように見えます。

しかし、731部隊についての歴史研究では、単なる感染症対策部門ではなく、細菌兵器の研究・開発に関わった組織として整理されています。Johnsonの査読論文では、731部隊は第二次世界大戦中の日本陸軍の生物兵器研究計画に関わり、人体実験を含む非人道的な研究を行ったとされています⁴。

また、常石敬一氏とJohn Junkerman氏による研究では、731部隊は旧日本軍の生物兵器計画の中心的組織として位置づけられています⁷。

ここで重要なのは、731部隊の役割が「軍の衛生を守る」という建前と、「細菌兵器を研究・運用する」という軍事目的の間にあったことです。戦争が長期化し、国家や軍の目的が優先される中で、医学や科学が人間の命を守る方向ではなく、兵器化の方向に使われた可能性があります。

1925年のジュネーブ議定書は、戦争における毒ガスや細菌戦の使用を禁止する国際的枠組みでした¹¹。こうした国際的な流れの中で、生物兵器研究が進められていたとすれば、軍事的にも倫理的にも非常に重大な問題だったといえます。

3. 人体実験の有無

731部隊について最も重い論点は、人体実験があったのかという点です。

結論から言えば、歴史研究や海外資料、戦後の証言、裁判資料を含む研究史の中では、731部隊による人体実験は「行われた」と整理されることが多いです。Johnsonの論文では、731部隊の研究計画は、捕虜や拘束された人々を対象とした人体実験を含んでいたと説明されています⁴。

一方で、日本政府の公式答弁は、より慎重です。2012年の衆議院答弁では、関東軍防疫給水部に関する存在は認めつつも、細菌研究や製造業務の具体的内容を示す資料は確認されていないとして、詳細な事実認定には踏み込んでいません²。

ただし、公的資料としては、国立公文書館に「凍傷ニ就テ」という資料が公開されています。この資料は、作成・取得部局が「陸軍省満州第731部隊陸軍技師」、作成者が「満州第731部隊陸軍技師吉村寿人」とされています³。この資料だけで人体実験の全容を説明することはできませんが、少なくとも731部隊の技師が凍傷に関する医学的資料を作成していたことを示す一次資料です³。

さらに、2025年の参議院外交防衛委員会では、防衛研究所で管理する名簿に、池田苗夫氏が昭和15年8月22日付で関東軍防疫給水部部員に任じられたとの記載があることが政府参考人から答弁されています⁸。この委員会では、毒ガスを使った人体実験の記録とされる資料も取り上げられましたが、政府側は「資料に記載されている内容が客観的に事実か否かを断定するには、複数資料の裏付けなどを総合的に考慮する必要がある」として、事実認定には慎重な姿勢を示しています⁸。

つまり、整理すると次のようになります。

論点研究史・海外資料での整理日本政府答弁での整理
731部隊の存在存在する軍組織として扱われる関東軍防疫給水部であることを認めている²
人体実験多くの研究で行われたと整理される⁴⁵具体的活動の事実認定には慎重²⁸
公的資料凍傷資料などが公開されている³資料の客観的事実性は慎重に判断すると答弁⁸

私は、この問題は「政府が断定していないから、なかった」と考えるのではなく、「政府答弁の限界」と「研究史で蓄積されてきた資料」を分けて見る必要があると思います。

4. 異種輸血の有無

今回の新聞記事で注目されたのが、「異種輸血」です。異種輸血とは、人間に動物の血液を入れることを指します。

共同通信の報道によると、日中戦争中に陸軍が開いた会合で、軍医学校の教官が、動物の血液を人に注入する「異種輸血」実験を繰り返したと報告していた記録が確認されたとされています⁹。対象者は属性不明の23人で、ウマ、ヒツジ、イヌなどの血液が使われたと報じられています⁹。

ここで大切なのは、この異種輸血の記事を、すぐに「731部隊が行った」と断定しないことです。報道の中心は、陸軍軍医学校や陸軍軍医団の機関誌に残されていた記録です⁹。つまり、この記事が直接示しているのは、「旧日本軍の軍医組織の中で、人体を使った異種輸血実験が報告されていた可能性」です。

一方で、731部隊に関する国会質疑では、馬の血を輸血する実験への言及もあります⁸。ただし、資料の性格や対象者、実施場所、731部隊との直接関係については、慎重な確認が必要です。

そのため、現時点では次のように整理するのが誠実だと思います。

問い現時点での整理
旧日本軍内で異種輸血実験の記録はあるのか共同通信報道では、陸軍軍医組織の機関誌に報告記録が確認されたとされる⁹
731部隊が異種輸血を行ったと断定できるか今回の報道だけでは断定できない
何が問題なのか対象者の同意、治療目的の有無、安全性、人権保護が確認できない点

異種輸血は、現在の医学倫理から見れば、極めて危険で非倫理的な人体実験と評価される可能性が高い行為です。特に、対象者が誰だったのか、本人の同意があったのか、治療目的だったのかが不明である点は重大です。

5. アメリカ軍に情報を渡し、東京裁判で裁かれなかったのか

731部隊をめぐるもう一つの大きな論点は、戦後、関係者が東京裁判で大きく裁かれなかった理由です。

東京裁判、正式には極東国際軍事裁判は、1946年4月29日から1948年11月12日まで続いた裁判とされています¹²。しかし、731部隊の関係者は、ナチス・ドイツの医師裁判のような形で大きく裁かれませんでした。

この理由について、Brodyらの査読論文では、アメリカはドイツの人体実験についてはナチス医師裁判で公に追及した一方、日本の生物兵器実験については、国家安全保障や軍事的必要性を理由に情報を隠し、関係者の免責を確保する方向に動いたと論じています⁵。

Johnsonの論文でも、731部隊の人体実験の詳細が明らかになるのが遅れた背景として、アメリカによる情報隠蔽、いわゆるカバーアップがあったと説明されています⁴。

また、米国国立公文書館は、2007年に日本の戦争犯罪関連資料として10万ページ規模の文書公開を発表し、その中に731部隊や生物兵器実験・攻撃に関する約1,400件の選定文書が含まれると説明しています⁶。このことからも、731部隊や生物兵器に関する情報が、戦後長く米国側資料の中に残されていたことが分かります⁶。

ここでの整理は、次のようになります。

問い整理
731部隊関係者は東京裁判で大きく裁かれたのかナチス医師裁判のような形では裁かれなかった
なぜ裁かれなかったのか研究データの軍事的価値、冷戦構造、米国の占領政策が影響したと研究では指摘される⁴⁵
アメリカに情報が渡ったのか研究論文では、免責と引き換えに情報提供が行われたと整理されている⁴⁵
公式資料はあるのか米国国立公文書館には、731部隊や生物兵器関連の選定文書がある⁶

つまり、「アメリカに情報を渡したから東京裁判で裁かれなかったのか」という問いに対しては、研究史上は「その可能性が強く指摘されている」といえます。ただし、裁かれなかった理由は一つではなく、戦後の占領政策、冷戦、軍事研究の価値、資料隠蔽などが複雑に重なっていたと考えた方がよさそうです。

6. 現代の医学倫理から見る

731部隊や異種輸血の問題は、過去の戦争犯罪としてだけでなく、現代の医学倫理から見ても重要です。

現在の医学研究では、人を対象とする研究には、十分な説明、自由意思による同意、安全性の確保、倫理審査、研究対象者の尊厳と人権の保護が求められます。世界医師会のヘルシンキ宣言では、医学研究への参加は自発的でなければならず、自由で十分な説明に基づく同意が必要だとされています¹⁰。

日本の「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」でも、人間の尊厳と人権を守ること、研究対象者への十分な説明と自由意思に基づく同意、社会的に弱い立場にある者への特別な配慮が求められています¹³。

この基準から見ると、捕虜、拘束者、占領地の人々、軍の支配下にある人々を対象にした実験では、そもそも自由な同意が成立しにくいという問題があります。たとえ「医学の発展」や「戦場医療の研究」という名目があったとしても、本人の尊厳や生命を犠牲にする研究は許されません。

ここに、731部隊問題の本質があると思います。

それは、「日本軍が悪かった」という単純な話だけではありません。戦争、国家、軍事、医学、科学研究が結びついたとき、人間の命が「目的のための材料」にされる危険があるということです。

医学や科学は、本来、人を助けるために使われるべきものです。しかし、権力や軍事目的と結びつくと、人を守る知識が、人を傷つける技術に変わってしまうことがあります。

7. 結語

731部隊について、現時点で整理できることは次の通りです。

まず、731部隊は旧日本軍の関東軍防疫給水部と関係する組織であり、その存在は公的資料や政府答弁でも確認されています¹²。

次に、人体実験については、国内の政府答弁では具体的活動の認定に慎重な表現が使われている一方で、査読論文、海外資料、戦後資料、国立公文書館資料などを含む研究史では、731部隊による人体実験や生物兵器研究は強く指摘されています³⁴⁵。

異種輸血については、今回の報道により、旧日本軍の軍医組織の中で、動物の血液を人に注入する実験が報告されていた可能性が示されました⁹。ただし、それを直ちに731部隊の実験と断定するには、さらに資料の照合が必要です。

また、731部隊関係者が東京裁判で大きく裁かれなかった背景には、アメリカが生物兵器や人体実験の情報に軍事的価値を見いだし、免責と引き換えに資料を得た可能性が研究で指摘されています⁴⁵⁶。

この問題を考えるとき、最も大切なのは、事実として確認できることと、まだ慎重に扱うべきことを分けることです。そして、過去の過ちを、現在の医学倫理、研究倫理、戦争と科学の関係を考える材料にすることだと思います。

歴史を学ぶ意味は、誰かを一方的に責めることだけではありません。人間の命や尊厳が、国家目的や軍事目的の中で軽く扱われたとき、どのようなことが起こるのかを知ることです。

だからこそ、731部隊や異種輸血の問題は、過去の暗い歴史として閉じるのではなく、これからの社会で「医学や科学を何のために使うのか」を考えるために、丁寧に学び続ける必要があると思います。

参考文献・参考資料

  1. アジア歴史資料センター. 731部隊.
  2. 衆議院.(2012)衆議院議員服部良一君提出七三一部隊等の旧帝国陸軍防疫給水部に関する質問に対する答弁書.
  3. 国立公文書館デジタルアーカイブ.(1941)凍傷ニ就テ(第一五回満州医学会哈爾浜支部特別講演).
  4. Johnson K.(2022)A Scientific Method to the Madness of Unit 731’s Human Experimentation and Biological Warfare Program. Journal of the History of Medicine and Allied Sciences, 77(1), 24–47.
  5. Brody H, Leonard SE, Nie JB, Weindling P.(2014)U.S. Responses to Japanese Wartime Inhuman Experimentation after World War II: National Security and Wartime Exigency. Cambridge Quarterly of Healthcare Ethics, 23(2), 220–230.
  6. U.S. National Archives.(2007)100,000 Pages Declassified in Search for Japanese War Crimes Records.
  7. Tsuneishi K, Junkerman J.(2013)Unit 731 and the Japanese Imperial Army’s biological warfare program. In: Japan’s Wartime Medical Atrocities: Comparative Inquiries in Science, History, and Ethics. Taylor and Francis, 21–31.
  8. 国会会議録検索システム.(2025)第217回国会 参議院 外交防衛委員会 第10号 令和7年4月24日.
  9. 共同通信.(2026)日中戦争時に「異種輸血実験」、記録を確認. nippon.com, 2026年6月20日.
  10. World Medical Association.(2024)Declaration of Helsinki – Ethical Principles for Medical Research Involving Human Participants.
  11. United Nations Office for Disarmament Affairs. 1925 Geneva Protocol.
  12. University of Virginia Law Library. The International Military Tribunal for the Far East Digital Collection.
  13. 文部科学省・厚生労働省・経済産業省.(2024)人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針.
ABOUT ME
谷本一真
谷本一真
理学療法士、呼吸療法認定士、心臓リハビリテーション指導士、PRP-Japan、JFA-B級
PRI(Postural Restoration Institute)コンセプトを基に、障害予防やパフォーマンス向上を目的としたコンディショニング指導を行っています。また、小学生を中心にサッカー指導者としても活動し、子どもたちの心身の成長をサポートさせていただいています。 運動や生活習慣の改善を通じて、健康づくりのサポートに情熱を注いでいます。
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