中国古典〜1日1言〜:3/6

3/6
愚者は成事に闇く、智者は未萌に見る
-愚者闇於成事、智者見於未萌-
「戦国作」
愚者は成事に闇く、智者は未萌に見る
愚か者は物事が具体的な形になってもまだ気づかない。
賢いものは、まだ形になって現れていないうちにあらかじめこれからの動きを察知して適切な対策を立てる。
成事:なしとげたこと。
未萌:草木がまだ芽をださないこと。
「成事に闇い」とは、ものごとが形になって現れてきても、まだそれにきづかないということだ。
「未萌」とは、ものごとが形になって現れてくる前の段階である。その段階に、あらかじめ動きを察知して、適切な対策を講じられる人、それが「智者」なのだという。
その点、われわれの場合は、「後知恵」になることが多い。「あのとき、ああすればよかった」とか「こう言えばよかった」とか、後で悔やむことのなんと多いことか。
「未萌に見る」のと「後知恵」とでは、えらい違いである。
先見性をみにつけるためには
歴史の勉強をすることが大切だと思います。われわれ人類は地球の歴史の一部であり、人間の文化を前世から後世へとつないでいます。その中で、生きる意義を各自が見出しています。
人間社会において、歴史を作ってきたのは人間です。一人の人間の考え方や行動力が多くの人に影響を与えることがあります。そういった歴史上の偉人がいます。偉人の人生を綴った著書などは先見性を身に付けるためには大切だと思います。
福沢諭吉の学問のすすめや、新渡戸稲造の武士道は、私はインスパイアされました。昔から語りづがれている著書にはいろいろな視点で読むことが大切だと思います。
未萌を育てる指導者に
小学生のサッカー指導をしていると、未萌を見るのではなく未萌を育てることに尽力していくことが大切だと思っています。
子供たちには可能性がたくさんあります。子供の時には何も感じなかった言葉ですが、大人になって色々な経験を経ると、子供たちにはたくさんの可能性が秘めていることがよくわかります。
子供たちがどのような花を咲かせるかは、教育がとても大切です。学校のテストで良い点数をだすための勉強ではなく、物事の考え方や行動力、努力や実践経験をたくさんすることで花を咲かせるための栄養を取り入れることができます。
何も経験しない、何も考えないような人には栄養が足りず、立派な花を咲かせることができません。子供たちによい栄養源になるような指導者を志さないといけません。
万物の根源は水である
万物の根源は水である
タレス(紀元前623〜紀元前546)
哲学の「最初の哲学者」といわれた人物です。神話世界からの脱却となることばです。「物理的に観察可能な物体を基にあらゆる事象の根源を説明していこうとする試作態度が表明されています。(参考:佐藤優 教養としての世界の名言365 2019 株式会社宝島社)
きれいな花を咲かせるためにはきれいな水が必要です。”上善如水“のように。
中国古典〜1日1言〜:1/16
未萌を見るために、自身が上善如水のように過ごし、そして先見性をえるために学び続けることで智者へと進んでいくことが大切です。

本書は人生を生きるうえで参考になることばがたくさんあります。ぜひ購入して普段の生活に役立てることをお勧めします。